かつて野球漫画は少年漫画の花形だった。 野球は近代日本で最も成功したスポーツのひとつ。 現実の野球人気の高まりに呼応して野球漫画もその数を増やしていったんだ。
その栄華は隆盛を極め、1970〜1990年代においては一冊の漫画雑誌に複数の野球漫画が連載されていることも少なくありませんでした。 それらは野球という枠の中で切磋琢磨し、個性的な名作が数多く生まれることになります。
名作と呼ばれるものの多くはメディアミックス化されてTVアニメやドラマになったり、中にはゲームになった作品も少なくないわ。 ゲーム化した作品を下に幾つか並べてみるわね。
中には野球漫画モチーフでありながら野球ゲームの体裁ではない作品もあるが、漫画の持ち味を生かす方法を考えた結果なのだろう。
どれを紹介しようか迷ってしまうのですが、今回はこの中で原作漫画の発表がもっとも古い『アストロ球団』を取り上げることにしましょう。
アストロ球団は1972〜1976年にかけて週刊少年ジャンプで連載された作品だ。 超人漫画というジャンルを確立して誌上で絶大な人気を博し、単行本はジャンプコミックスで全20巻が刊行されている。
1999年には太田出版から全5巻の復刻版も発売された。
ジャンプ名物のアンケート制度を導入したり、女性受けするキャラクターを登場させて部数を伸ばすなど当時の週刊少年ジャンプを飛躍させるきっかけを作った作品でもあります。
なにぶん古い作品だから連載当時ゲーム化の機会はなくて、1989年の『ファミコンジャンプ 英雄列伝』に少しキャラクターが登場したくらいね。 とっくに連載終了してたんだから出ただけでも凄いことだけど。
1990年代にはTVアニメ化の話もあったが頓挫しており、単行本も長らく絶版となっていた。 興味があっても触れるのが難しい状況に置かれていたが、2005年になって急に周辺が慌ただしくなってくる。
放送局のテレビ朝日は当時『エースをねらえ!』や『アタックbP』という昔のスポ根漫画のドラマ化を積極的に行っていましたが、なんとアストロ球団が第3の企画として立てられることになったんです。
全5巻でDVD化もされた。
このドラマのタイアップっていう形でPS2でのゲーム化が実現したのよ。 まさか30年近くも前に完結した漫画がゲームになるなんて思いもしなかったわ。
ではここで一旦原作のストーリーについて話しておこう。 あらかじめ知っておかなければこの後の話を理解するのは難しいだろうからな。
時は昭和19年の秋、第二次世界大戦中のフィリピンにあるレイテ島では1人の日本兵が悲嘆にくれていました。
その日本兵の青年『沢村栄治』は読売巨人軍の野球選手だったが、一般兵としてこの戦局に駆り出されていた。 翌日に控えた総攻撃を前に、自分の夢が叶わないまま命果ててしまうことを嘆いていたんだ。
死の運命を前に慟哭する沢村。(原作漫画より)
沢村栄治は実在した人物で、数々の記録と伝説を残した戦前の大投手よ。 もし戦争に行かなかったらどんな活躍を見せたか夢想する野球ファンは多いと言うわ。
沢村栄治は夢を見ます。 昭和29年9月9日午後9時9分9秒に生まれる9人の超人がつくる世界最強のベースボール・アニマル・チームの誕生を。 そのチームの監督になる夢を現地の少年シュウロに託し、沢村はその身を戦場に散らせました(T_T)
沢村が亡くなった10年後の9月9日午後9時9分頃、夜空に散らばる9つの白光球が目撃される事件が起きた。 この発光球を生誕とともに体に宿した男たちがアストロ超人であり、この男たちが集うチームこそが沢村が夢見たアストロ球団なんだ。
ストーリーはアストロ超人を集めることを軸に進んでいくわ。 だけどこれがまあ大変なのよ。当人たちは自分がそんな運命を背負ってるなんて知らずに暮らしてるからね(^^;)
何人かは既存のチームに所属していますし、中には野球と関係のない人生を歩んでいる人もいます。 野球対決を通じて彼らのアストロ魂を目覚めさせ、仲間に引き込む展開が主になりますね。
では、そのような運命に導かれたアストロ戦士たちを簡単に紹介しよう。
どいつもこいつも野球に己の魂を燃やす熱い奴らだ。 運命に導かれた若者が結集して大事を成す、これはさながら現代の八犬伝である。
上で紹介した選手は7人しかいないけど、これはこのゲームの原作になった『ビクトリー球団編』が始まった時点だとまだ全員揃っていないからよ。 本来野球は9人でやるものだから、選手が集まらないうちはアストロ球団に不利なルールの変則的な試合が続いていたわ。
人間を超えた実力の持ち主であるアストロ超人に与えられたハンデのようなものですが、作劇の都合から言えばこれで戦力のバランスを取っている面もありますね。
アストロ超人たちは各々得意分野があり、各自特訓により様々な必殺技を身に着けている。 その人間離れした妙技の数々に目を奪われることは必定だ。
投球後三段階に渡って変化する三段ドロップ、人間を投げ上げてホームラン級の当たりを取る超人守備、炎を纏わせながら打球を飛ばすコホーテク彗星打法、他にも色々ね。 どれも渾身のシーンで使われるわ。
巨漢の弟が兄を放り投げてホームラン性の打球をキャッチング。(原作漫画より)
赤い炎の龍を纏うコホーテク彗星打法。(原作漫画より)
しかし魂を捧げたプレイは時に壮絶な結果を招きます。 というのも先ほどの人物紹介の項でも少し触れましたが、この漫画は試合中の流血や骨折は当然のこと、時には廃人になったり亡くなってしまう選手まで現れる壮絶な作品なんです(^^;)
野球に命を懸けているというのは何も比喩ではなく、彼らは真剣にそう考えているんだ。 そうまで魂を燃やす価値のある日本プロ野球制覇および大リーグ打倒の夢、そこに最大の障壁として立ちふさがったのが本作での相手でもあるビクトリー球団である。
ブラック球団やロッテオリオンズとの戦いで死闘を見せたアストロ球団を潰しておきたい巨人軍はアストロ抹殺に動き出します。
刺客として白羽の矢が立ったのは8人目のアストロ超人である『峠球四郎』よ。 球四郎は日本に革命を起こす野望を持っていて、その達成の足掛かりとしてアストロ球団に牙を剥くわ。
アストロ超人への敵意を剥き出しにする球四郎。
球四郎は各スポーツ界の一流選手を集めてビクトリー球団を結成し対決に持ち込む。 しかしその狙いは試合中のプレイを通じてアストロ超人たちに大怪我を負わせ、再起不能にすることだったんだ。
集めた手練れの中にはアストロ超人伊集院球三郎の兄であり、陣流拳法の総帥である伊集院大門の姿もありました。 大門は弟の球三郎を憎んでおり、球三郎の抹殺および陣家の再興を成すために球四郎の計画に加担していたのです。
弟の球三郎抹殺を図る大門。
それぞれの思惑が交差して、二大革命球団による血で血を洗うデスマッチが始まってしまうのよ。
球四郎の掲げるデスマッチ野球を最も体現しているのが投手の氏家慎次郎だ。 刑務所帰りの不気味な男で、スクリュー投法という魔球を武器とする。
公然と人を殺せることに喜びを感じている氏家。
氏家の狙いは投手兼4番バッター兼チ―ムリーダーの球一よ。まずはチームの要を潰そうと考えたのね。 ビクトリー球団の面々が念仏を唱える中、氏家が投げたボールの球筋は螺旋を描きながら球一に向かっていくわ。
球一はあえなくスクリュー投法の餌食に。
ボールは大きく回り込み、球一の背中に命中します。 絶叫を聞いて球一の死を確信する氏家ですが、しかし球一は死んではいませんでした。
球一は事前に球三郎が課した特訓により背中を鍛えていたんだ。 何事もなかったようにデッドボールで出塁するが、この試合で初めて明確な殺意を見せたビクトリーの攻めはここから激化の一途を辿っていく。
ビクトリーナインは執拗にアストロの7人を攻め上げていきます。 最初の犠牲者は球六。鋭い打球が顔面に直撃して大きな裂傷を負ってしまいます。
さらに球八、球七、球二、球三郎の4人が氏家のビーンボールの毒牙にかかって負傷してしまうけど、ここで再び球一に打席が回って今度こそ決着を着けるべく両者は睨み合うわ。
氏家、最後の出撃。
氏家は過去に太平洋戦争に従軍しており、特攻予定日に終戦を迎えたため生き残ることができたという。 しかし彼の仲間の多くは戦場で散ったためやり場のない空しさを抱えており、己の死に場所を求めさまよっていたんだ。 氏家は最後の標的を球一に定める。
怨念極まり血管が破裂。
全身全霊に怨念を込め、頭の血管が破裂させながら放ったボールは打ち頃のストレート。 球一のバットは真芯を捉え、烈火の如く飛ぶ打球はセンター大上段に突き刺さります。 グランドスラムに場内が湧きますが、球一はなぜかその体勢から動きませんでした。
次の瞬間、球一は首から大きく血が噴き出して倒れるわ。 氏家は、打球のインパクトの瞬間にボールの皮が剥がれ飛んで球一の喉を掻き切るように仕向けていたの!
首を裂かれて大出血。
偶然とも奇跡ともいえる魔球だが、それも怨念のなせる業だったのか。 マウンド上の氏家は急激に老化していた。28年越しの特攻を成し遂げて成仏していったのだ。
命を燃やし尽くした。
既に怪我人だらけで満身創痍のアストロ球団に対し、ビクトリー球団は補充要員がいます。 球四郎は氏家に代わって自らが投手として出場することを決めました。 超人である球四郎は球一に引けを取らない投球術の持ち主です。 血で血を洗う戦いはまだまだ終わりを見せません。
ここまでが試合序盤の敵、氏家との戦いを描いた物語だ。 十分に長く濃密に感じられるのだが、試合展開としてはまだ2回裏の途中にすぎない。
このアストロ球団とビクトリー球団の戦いは熾烈を極め、原作漫画での話数は約80、総ページ数は1600を超える大長編となっています。 このようなストーリー性の高い漫画であることから、ゲーム化にあたっては一般的な野球ゲームの体裁はとっていません。
本作のために取り入れられたシステム、それが『コミック・デモ・バトル』なの。 簡単に言ってしまえば動く紙芝居の間にクイックタイムイベントを差し込んだものよ。
やり方は投球、捕球、打撃などの対決シーンに合わせて指示されたボタンを押すだけだ。 いくつかパターンを見てみよう。
流れてくるアイコンと同じボタンを押す投球。
ひたすらスティックを回す捕球。
無心でボタン連打する打撃。
ストーリーデモでプレイヤーを引き込み、盛り上がった気持ちをミニゲームで発散させてくれるという構成ですね。
ミニゲームは単純なものが多いけど、それがかえって没入感を高めているわね。
漫画的な演出を取り入れて主要キャラクターにはパートボイスを搭載し、原作の燃え盛るような空気感を見事に再現している。 しかし惜しいことに所々ストーリーが端折られており、展開がわかり難くなっている箇所があるのは否めない。
主要キャラの退場劇が幕間のナレーションであっさりすまされてたりするから、そこがちょっと拍子抜けなのよね。 本来ならそこにだって大きなドラマがあるんだけど(^^;)
おそらくはCEROレーティングを全年齢対象にするための措置だったのでしょう。 しかし数々の凄惨なシーンは超人達の信条『一試合完全燃焼』を表現するために必要なものですので、大幅にカットされているのはどうしても残念に思えてしまいますね。
カットされた場面が多いためプレイ時間が短くなってしまっているのも見過ごせない。 普通にプレイしてればおよそ2時間ほどでエンディングに辿り着けてしまうだろう。
ですが、これ以上ボリュームを増やしたらプレイヤーの体力が大変ですよね(^^;) このゲームでは激し過ぎるくらい激しいボタン連打やスティック回転を要求されるので、一回のプレイ量として2時間は限界に近いものがあるかと。
確かに試合が進むにつれゲーム内のキャラクターがどんどん衰弱していくんだが、プレイヤーも同じく衰弱していくから妙にリアリティがあるんだよな。 このシンクロ感は最後まで通してプレイしないと味わえない感覚だろう。
アストロ球団の『一試合完全燃焼』のモットーはこうした形で再現されているというわけですね。 2時間程度なら1本の映画を見るような感覚で繰り返しプレイするのにも向いていますし、もう少し展開を工夫すればよく纏まった作品になったのではないでしょうか。
いやあ…、繰り返しプレイはあんまりやりすぎるとよくない…かもよ?(´Д`;)
おや、どうしてですか?
私、このゲームをやりすぎてR3スティックが削れてもげちゃったことがあるのよ〜(TДT;)
ええ…確かにPS2のスティックは力を入れ過ぎると削れてしまいますけど、まさか折れるなんて(^^;)
コントローラーまで一試合完全燃焼か…(゜Д゜;)
このビクトリー球団編は原作漫画でも最終章にあたります。 多くの名場面を生み最も盛り上がりを見せた章ですが、この試合だけを切り取ったことにより問題も生じてしまいました。
アストロ球団が何なのか、どうしてビクトリー球団と戦うことになったかの説明が少ないから物語の初めから置いてけぼりにされかねないのよね(^^;)
それを差し置いてもこの試合において極めて重要な伊集院兄弟の確執に係るシーンが大幅に省略されてしまっており、原作未読であればストーリーの理解が難しくなってしまっているんだよな。
大門は球三郎を抹殺するため最後の奥義を放つ。もはや野球という枠を超えている。
しかし原作漫画は当時絶版になっていましたし、タイアップ元のTVドラマは話数が少ない都合上ストーリー運びに幾つか改変が加えられていました。 つまり当時はゲームの元となったストーリーを知ることが困難な状況にあり、このことも本作の評価に影響を与えたようです。
TVドラマとのタイアップなのにストーリーが違う原作漫画の方をモチーフにしていて、でも原作漫画は入手困難…。 せっかくのタイアップなのに相互の補完が上手く噛み合ってなかったわよね。
せっかくストーリーを楽しむためのシステムを作ったのにその魅力を引き出しきれなかった点は残念だ。 全年齢対象を諦めて原作漫画を忠実に再現するか、いっそTVドラマ版のストーリーをそのまま採用すれば評価は変わっていたかもしれないな。
絵や音楽、演出周りは良くできてて、雰囲気には引き込まれるんだけどね。本当に惜しいわ。
なお2010年代には原作漫画が電子書籍化されて容易に読むことが可能となりました。 アストロ超人達の試合の中に渦巻く情念、一試合完全燃焼の信条が生み出す熱いエネルギーは野球という枠を超えた迫力があります。一度読んでみてほしい作品ですね。
いっぺん通読して内容を覚えてからゲームをプレイすると本当に楽しいから、アストロ球団という作品に興味を持ったならやってみてほしいわね。
初稿:2009年05月16日
改訂1:2022年07月31日
改訂2:2024年05月19日