双葉社より刊行されていた低年齢向けのゲームブック専門レーベル『冒険ゲームブックシリーズ』。 しかし初期はファミコンゲームに特化したラインナップであったことから『ファミコン冒険ゲームブック』という名称であったのだ。
やがてメガドライブやPCエンジンやミニ四駆などの他モチーフにも手を広げていくようになっていくのですが、全ての始まりは当時大ブームの渦中にあったファミコンです。この新進のレーベル第1弾に選ばれたのは任天堂の『スーパーマリオブラザーズ』でした。
レーベルの立ち上げは1986年。その頃ファミコンで最も普及していた作品はスーパーマリオブラザーズに他ならないわ。 その実績を踏まえれば第1弾に選ばれたのは当然と言えるわね。スーマリは当時の雑誌アンケートにおいてファミコンユーザーの約半数が所有しているというデータもあったくらいだもの。
友人らとゲームソフトの貸し借りをするのが一般的だった時代性を考慮すると、実際にプレイした人の割合はもっと多いことであろうな。 誰もが知るコンピュータゲームの傑作がゲームブックとしてどのように生まれ変わったのか、さっそく見ていこうではないか。
ファミコンが大好きな主人公の少年はいつものようにスーパーマリオブラザーズをプレイしていました。 調子よく攻略を進めていきますが、そこに予期せぬ異変が訪れます。
不思議なことにテレビ画面から敵キャラやマリオまで何もかもが消滅してしまったの。どうやら故障でもないみたい。 不意の不可解な出来事に少年が呆然としていると、頭の中に何者かの声が飛び込んでくるわ。
その声の主はゲームキャラであるはずのマリオじゃった。 声が消えた次の瞬間に少年は意識を失い、目覚めると眼前には別世界のような、しかし見慣れた風景が広がっていた。 そこはキノコ王国、ゲームの中の世界だったのじゃ!
そこはキノコ王国の入り口。
本作の主人公がマリオではなく、ゲームをプレイする側の少年なんです。 1980年代当時は本作のようにプレイヤーがゲームの中に迷い込んで冒険するスタイルの作品が多く作られていましたね。
ゲームの主人公=プレイヤーの分身という考え方が主流の時代じゃったからな。 しかしキャラクターが喋らないゲームという媒体ならそれも成立しやすいが、文章で話を運ぶゲームブックとなると会話や心情の描写が必要となるため各々のキャラクターが能動的に行動しないと物語を展開させにくいところがある。
あくまで主人公は読者ということにするなら、読者自身を投影させるオリジナルキャラクターが必要になってくるわけね。 自分がマリオになるのもいいけど、ゲームの中で憧れのキャラであるマリオに会えると思うと没入感も得られて嬉しいものよ。
少年はゲームの中に入ったことでマリオと同等の身体能力を得ておる。 高く遠くにジャンプしたりパンチでブロックを破壊したり、ゲーム内でマリオが当然のように行っていることでも自分自身がやっていることだと思うと新鮮な感覚に捉えられるじゃろう。
普段は横スクロールのコースを見慣れているので、主観視点でのコースを想像することになって面白いですね。 物語を辿るパラグラフも序盤は実際のコースに沿った展開となっており、原作をプレイしたことがあれば局面をイメージしやすいです。
状況を実際に想像してみると色々な気付きがあるわ。 例えばブロックや土管が空中に浮いているのなんてわりと普通に受け止めてたけど、よく考えたらおかしな話なのよね(^^;)
文章のおかげで情景をリアルに想像することができるが、そうなると敵キャラクターの存在も脅威となる。 普段は踏み付けやファイアボールで簡単に倒したりしている相手じゃが、実際に相対するとトゲで突き刺してくるトゲゾーやら噛み付いてくるパックンフラワーやらに強い威圧感を覚えるのう。
倒されて頭を踏み潰されたり、土管の中に引きずり込まれて噛み殺されたり、炎に骨も残らず焼かれたり、当時ならではのハードな描写がいっそう怖さを引き立てますね(^^;)
原作ゲームにはいない異形のクリボー。
さて順調にマリオの行った道程を辿る少年であるが、少しずつ周囲の様子がおかしくなってくる。 全身トゲだらけのクリボーや鎧に身を固めたクリボーなど、原作にはいない敵キャラが現れるのじゃ。ここは勝手知ったるゲームの中のはずなんじゃがのう。
キノコ王国そしてマリオ達に何が起きたのか、全ての真相はクッパ大王を倒したあとに判明します。 少年の前に現れたのは全身に鋭いトゲを持ちコウモリのような羽根を生やした双頭の巨大な亀でした。 この怪物は自らをバグ大魔王と名乗ります。
クッパに代わる新たな支配者、バグ大魔王。
ピーチやマリオを捕らえたのはこのバグ大魔王の仕業だったのね。 クッパを従えるほどだから恐ろしい力を持つ強敵なのは間違いないわ。 だけどこいつさえ成敗したら今度こそ平和が訪れるはずよ。
囚われのピーチたちが君の助けを待っている。
バトルの進め方についても説明しておこうかの。 少年のパラメータは体力ポイントと技術ポイントの2種類に分けられており、開始時に合計が10ポイントになるよう任意に割り振ることができる。 体力自慢にするも技自慢にするも自在じゃ。
それと、あらかじめA〜Jまでの10個の欄に1〜10までの任意の数字を1つずつ当て嵌めたバトルポイント表を作っておく必要があります。 敵との戦闘ではこれらのポイントと敵の戦闘力を使用した計算式によって勝敗を導き出すんです。
例えば、初戦のクリボーとの戦いだとこちらが【体力+B】、相手が【2+D】の計算式が使われて、数値が高い方が勝者になるわ。バトルポイント表の割り振り次第でもあるけど、基本的に体力が高い方がバトルは勝ちやすいわね。
じゃが体力を高くして技術を疎かにしてしまうと道中のジャンプで穴を跳び越せずにミスして落ちるなどの冴えない結果になってしまうこともある。 過ぎたるは及ばざるが如しじゃの。
能力に応じて変化する展開を楽しみたいのなら極端な割り振りにしてもいいですね。パラメータしだいでプレイするたびに状況が変化するゲームブックの醍醐味でもあります(^^)
他にマリオらしさをひとつ挙げるなら、ループの再現かしらね。 原作ゲームでは間違った土管に入ると前いた場所に戻されちゃうトラップが幾つも仕掛けてあったりするけど、ゲームブックの中にもそういう場面が出てくるわ。
通常、ゲームブックでループの存在は作りの甘さとして問題となることが多いのじゃが、本作においては原作再現になるから面白い。 この仕掛けはマリオのゲーム性がゲームブックで通用することを証明しているな。
また本作には付録として『ルイージの大冒険』が収録されています。 本編のパラグラフ数が310だったのに対しこちらは40という小編ではありますが、当時はマリオの陰に隠れがちだったルイージがマリオ不在の間に繰り広げる活躍を楽しめますよ(^^)
この本には2編が収録されているわけだけど、どちらもマリオは主役じゃないどころか出番もほとんどないのよね。 マリオがこういう扱いを受けるのは珍しい気がするわ。
ルイージについては本書の刊行時期も影響してるかもしれませんね。 本書が発行されたのは1986年8月なのですがほんの2か月前の1986年6月3日にディスクシステムで『スーパーマリオブラザーズ2』がリリースされているんです。
2では前作と違ってマリオとルイージのどちらを使用するか選べるようになったためルイージの存在感も増していたように思う。 2と言えばマリオより高いジャンプができるルイージの印象が強い人も少なくないじゃろうな。
そう考えるとルイージを主役級に据えることは不思議でもないのね。 2をプレイするにはファミコンと別売りのディスクシステムが必要だったからプレイしたくても高額で買えなかったっていう人も多いらしいし、このゲームブックを代替品として楽しんだ人もいたかもしれないわ。
うむ、そうした需要の受け皿も確かにあった。 だからファミコン冒険ゲームブックではゲームをプレイ済みでもそうでなくても楽しめるようにするため、原作にある程度寄り添いながらも敢えて異なる作風で描かれるという側面もあるのじゃ。
没入感を深めたり既プレイ者や未プレイ者にも配慮した数々の工夫、それらをゲームブックという媒体に落とし込むことによって生まれた独自性が本レーベル最大の魅力ですね(^^)
初稿:2024年05月08日